【吾輩は鼠である】夏目漱石風に身近な存在であるネズミの生態系を語る

吾輩わがはいは鼠である。名前はまだない

何でも薄暗いじめじめしたところでチューチュー泣いていたことだけは記憶している。吾輩はここで初めて人間というものを見た。。。あとで聞くと人間は生き物の中で一番獰悪どうあくな種族であったそうだ。

この人間というのは時々我々を捕えて実験に使うという話である。しかしその当時は別段恐しいとも思わなかった。

ただ彼のてのひらに載せられて、スーと持ち上げられた時、なんだかフワフワした感じがあったばかりである。この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。。。

その後、鼠にもだいぶ逢ったが、こんな生物には一度も出会でくわしたことがなかった。顔の真中があまりに突起しており、身体は吾輩ら鼠を何匹も集めた大きさをしており、そうして時々ぷうぷうと煙けむりを吹く。どうもせぽくて実に弱った。これが人間の飲む煙草たばこというものであることはようやくこの頃知った。

食料を求めて

ふと気が付いて見ると彼はいない。たくさんおった兄弟も見えぬ。肝心の母親さえ姿を隠してしまった。そのうえ今までのところとは違って無暗に明るい。眼をあいていられぬくらいだ。

ただでさえ、薄暗い下水ぐらしの吾輩には明るさというのは非常に慣れないものがある。

眼が明るさに慣れあたりを見回してみると、見慣れない景色が広がり、身体に痛みを感じつつ、のそのそい出してみると、どうやら吾輩はわらの上から急に笹原の中へ棄てられたのである。

ようやくの思いで笹原を這い出すと向かいに大きな池がある。吾輩は池の前に坐ってどうしたらよかろうと考えてみた。

別にこれという分別ふんべつも出ない。しばらくして泣いたら彼がまた迎えに来てくれるかと考え付いた。チュー、チューと泣いてみたが誰も来ない。そのうち池の上をさらさらと風が渡って日が暮れかかる。

腹が非常に減ってきた。泣きたくても声が出ない。仕方がない、なんでもよいから食物くいもののあるところまで歩こうと決心をして、そろりそろりと池を左りに廻り始めた。

どうも非常に苦しい。そこを我慢して無理やりに這って行くと、ようやくのことでなんとなく人間臭いところへ出た。ここへ這入はいったら、どうにかなると思って竹垣の崩れた穴から、とある建物の中にもぐり込んだ。

鼠と人の縁

縁は不思議なもので、もしこの穴が空いていなかったなら、吾輩はついに餓死したかも知れんのである。一樹の蔭とはよくったものだ。

この垣根の穴は今日こんにちに至るまで、吾輩が訪問する時の通路になっている。さて建物へは忍び込んだものの、これから先どうしていいかわからない。そのうちに暗くなる、腹は減る、仕方がないからとにかく明るくて暖かそうなほうへほうへと歩いて行く。

今から考えるとその時はすでに建物の内に入っておったのだ。ここで吾輩は彼以外の人間を再び見るべき機会に遭遇したのである。

第一に逢ったのは女である。これは前の彼より一層乱暴な方で吾輩を見るや否やいきなりバケツを投げて逃げ道を塞ぎ、吾輩をつかんで窓から表へ放り出した。


以上、鼠の生態系の冒頭になります。次回に続きます。

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